イギリスの作家・詩人ジェームズ・アレン(James Allen, 1864-1912)は、日本でもよく知られている『原因と結果の法則 (原題:As a Man Thinketh)』を始め、哲学的で複雑なテーマに関する多くの著述を残しました。

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(写真:アレンが暮らしたイフラクーム)

ジェームズ・アレンの生涯


子供時代

ジェームズ・アレンは、1864年11月28日にイギリス中部の都市レスターで機械編み職人の家に生まれました。

アレンが15歳の時、当時のイギリスでの仕事に行き詰まった父親は、家族の新天地を求めて手元の全財産を持って単身渡米しますが、ニューヨークに到着した2日後に死亡してしまいます。死因ははっきりとわかっていませんが、強盗に殺害された可能性が高いと推測されています。

父親の急逝により、アレンは母と二人の弟のために学校を退学して働くことを余儀なくされ、父親と同じ機械編み職人となります。


スピリチュルな目覚め

長時間労働のかたわらアレンは独学を続け、シェークスピアやエマーソンを愛読しました。そして24歳の時に『The Light of Asia』(エドウィン・アーノルドによるブッダの生涯に関する物語詩形式の作品、1879年初版)と出会います。

アレンは10歳の子供の頃に神秘体験をしていますが、この本との出会いでスピリチュアルな目覚めが促され、「完全なる平和」への道を歩み始めることになります。

以降、アレンはヒンドゥー教の聖典『バガヴァッド・ギーター』や中国古典の『老子』などからも影響を受け、仏陀、聖書、シェークスピアなどと共に作品の中でたびたび引用しています。

アレンの両親はメソジスト教徒であったと言われていますが、アレンはその道から外れ、どの宗教の宗派にも属さずに、さまざまな宗教的・哲学的な教えからインスピレーションを得ていたのです。


結婚〜著述活動の開始

アレンは1985年5月に30歳で結婚し、翌年の1986年に妻リリーとの間に一人娘のノラが誕生します。

アレン夫妻は熱心なベジタリアンで、この頃アレンは、イギリスの著名なフルータリアン・ベジタリアンの活動家であり、動物の権利保護組織「Order of the Golden Age」の代表を務めるシドニー H.ビアード(Sidney H. Beard)の個人秘書として働き始めました。

そして1901年、アレンは37歳で第1作目の『From Poverty to Power』を書き上げ、翌1902年には代表作となる2作目の『As a Man Thinketh』を発表し、その生涯を通して19冊の本を出版しました。


自身の雑誌発行〜晩年

1902年、アレンは『The Light of Reason』(のちに『The Epoch』に改名)という名の自身の雑誌の発行を開始します。雑誌には毎号アレンの寄稿が掲載され、1905年になると読者のグループを組織して定期的なミーティングを開催し、アレン夫妻が参加することもありました。

アレン一家は海辺のリゾート地であるイフラクームに移り住み、そこでアレンは毎朝の瞑想を日課とし、正午まで執筆活動を行なってから、午後はガーデニングやクリケットをして過ごしました。

1912年1月上旬にアレンは急に体調を崩し、1月24日(水曜日)にその生涯を終えました。 アレンの死後はリリー夫人が雑誌の発行を継続して夫の作品の普及に努め、夫人は1952年に84歳で亡くなりました。